愛する京都へ行って参りました.。゚+.(・∀・)゚+.゚ 2年連続通算6回目(修学旅行除く)の京都旅行です。 ただし今回は初の同行者がおりました、両親でございます。 何となく京都行ってみましょうか?と言ったら本当に実現してしまいました。 ただ私らしくホテルは別です。 さて、今回は私は京都コンシュルジュとして二人を案内しなくてはいけません、数十年は京都に行ってないので魅力をどう分かって貰うプランにしようと練りにねりました。 テーマがこの3点! ヾ儻スポットの数をこなす ⇒名どころに行く D甲川等伯と狩野派の作品を見る(これは自分の為)でプランをたてて、何としおりまで作りました( ̄ー ̄)ニヤリッ 私が前夜に京都入りをして次の日の午前中に京都駅に両親を迎えに行くように段取りしていたのですが、しかーし!先週の日曜日は低気圧が発達(゚ロ゚;)エェッ!? 飛行機が飛ばなかったらどうしようと。 空港に到着すると50分遅れですが取りあえずフライトはする模様で一安心です。 無事に10時過ぎにホテル到着。 ぐったりでした。 さて次の日の午前中は両親が到着するまでどこか行かないと。 醍醐寺かこっちか悩んだのですが、、、


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南禅寺です。 京都のお寺では五山の上と別格のお寺さんです。 ここには狩野元信、永徳、探幽の狩野派3、4、5番打者の作品が見られるとても貴重な場所です。 時間があれば金地院の長谷川等伯の絵も見ようと企んでおりました。 撮影不可でしたので画像は掲載できませんが、美術ファンでしたら絶対行かれたほうが良いと思います。 こんなに狩野派の作品しかも大先生方のものを一堂に見られるのは凄いと思います。 永徳直筆の作品も見られますよ! 




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お庭もお見事です! さて等伯等伯('▽'*)ニパッ♪と思っていたら親を迎えに行く時間が迫っておりました(゚ロ゚;)エェッ!? バスに乗って京都駅へ。


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その途中に昔の鉄道跡がございました。


既に親は八条口に到着、電話に出ない私に激オコです。 ご飯にするかそれともすぐに観光に向かうかどうする!、観光だそうです。 春節過ぎですが京都駅のバス乗り場は人人人! 特に清水寺方面はバス乗り場に長蛇の列です。 初日は東山方面を巡るプランですのでこのバスに乗って向かったのが、、、、



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この作品が見られる智積院です、まずはここスタートは昨年と一緒です。 何といってもお客様が『絶対に見て!』と強く薦めて頂き長谷川等伯一門の障壁画を見て、あまりの迫力そして何か訴えてくるようなものに感動して、そこから日本画にどっぷりになってしまいました。 1年間あれこれ美術館、博物館巡りをして1月には等伯のもう一つの代表作「松林図屏風」を見た今、どう感じるんだろうと超絶楽しみでした。  幽玄な松林図とは対照的に絢爛豪華な楓図ですがこの作品もやはり良い! 今は江戸時代から近代までの日本画を見るようになりましたがこの時代は作品が気に入らなければ大変なことになります、特に織田信長や豊臣秀吉からオーダーされたものをしくじったら首をはねられてもおかしくはありません。 この命がけというプレッシャーの中書き上げた作品の迫力はやはり違います。 特に智積院の障壁画は豊臣秀吉の愛息鶴丸を幼くして亡くなったのを弔うための作品です、見るのは戦国時代を生き抜いた気の荒い戦国大名なので力強くなくてはいけない、しかし鶴丸の霊を慰めなくてはいけない。 さらには等伯の跡継ぎであった久蔵の死を悼む気持ちも入り等、色んな要素が凝縮した作品が楓図です。 豪華ですが儚さも感じられる名作です。 久蔵の作品桜図も必見です。  今回の旅行では私のこんなうっとおしい解説がもれなくついてきます。




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蓮華王院、通称三十三間堂です。 通し矢でも有名ですね。 親は1001体の仏像を見てたまげておりました。 後白河上皇が平清盛の協力を得て作った寺院です、ここにおられる風神雷神像が俵屋宗達の風神雷神図のモデルと言われております。 




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養源院。 淀殿が父である浅井長政を弔うために建立したのが始まりです、その後焼失しましたが徳川秀忠の正妻であるお江の方(淀殿の実妹)が再建致しました、なので建物には葵紋が見られます。 こちらは解説するテープを聞きながら案内されるのですが、その方が慣れてなかったのかな?血天井の開設で秀吉と秀忠などがあやふやで、私が代わりにしこたま説明したかったです( ̄ー ̄)ニヤリッ  
簡単に言うと、関ヶ原の戦いがこの主題です。 西軍に攻撃を仕掛けさせるために大義名分が欲しくてたまらない徳川家康。 ここで上杉景勝の家臣である直江景勝の通称「直江状」を送り徳川を挑発します。 この人たちもあれこれ考えていて会津で徳川を引き寄せているうちに石田三成の西軍を東に向かわせ挟み撃ちにする計画でした。 しかし徳川家康は一枚上です、挑発に乗って激怒したふりをし諸将を連れて上杉征伐に会津へ向かいます。 勿論怒ったふりですので会津に攻撃をしかけません。  計画通りに行かなく焦った石田三成はもう先制攻撃しかないと伏見城を攻め立てます、これで徳川家康が開戦のきっかけを見事作れました。 この伏見城には家臣の鳥居元忠を主将として約2.000の兵を残しました、西軍は数万の大軍で攻撃を仕掛けると予想の上でです、つまりは犠牲です。 結局、鳥居元忠以下が自刃して落城、その後関ヶ原の戦いで東軍が勝利し伏見城に入場するまで遺体がそのままになり、その血や脂が板に染みつき、徳川の為に死んでくれた鳥居元忠以下の忠臣たちを弔うために、家康が京都のお寺にこの板を天井にして供養しなさいと、これが現在の血天井になっておりますと、生々しいですこれで約250年の平和な世が作れました。 こんな感じでいかがでしょう? 

血天井だけではなく見どころがさらにございます、琳派の祖「俵屋宗達」の作品が見られるのです、しかも重要文化財。 作品の劣化が気になりました。 デジタル複製にでもして原本は博物館に預かって貰っても良いのでは?





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豊国神社のご祭神は豊臣秀吉です。 伏見城から移築された唐門が国宝です。





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本堂まで人人人Σ( ̄ロ ̄|||) 親もびっくりです。 京都観光で清水寺、伏見稲荷をゆっくりと静かに見たい時はなるべく朝早く参りましょう! 人込みから逃げるようにして坂を下ります、




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途中に見つけたのが竹内栖鳳大先生の邸宅跡地! 今まで何度も通っておりましたが気にもしておりませんでした。 班猫、あれ夕立にですね。


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高台寺と圓徳院。 圓徳院では長谷川等伯の山水図を拝観できました。 こちらは複製画です。 この作品には逸話があって、大徳寺の塔頭の襖絵を書かせてくれとそこの住職にお願いしたのですが、まだまだそこもとの実力では無理!と断られておりました。 ここで等伯は強硬手段に出ます、住職が不在の折に上がり込んで静止も聞かずに襖に画を書き始めたのです、しかもこの襖には時の権力者豊臣家の「桐紋」が書かれておりました。 その上に画を書くなどは豊臣家を侮辱することにもなってしまいます。 しかし等伯は一気に書き上げてそれを住職が戻ってきて見てみるとあまりの出来栄えに驚愕します。 さらに桐紋を雪に見立てて山水図として仕上げた心憎いまでの構図です。 これなら豊臣家も納得するだろうし、このまま残しておこう! これによって等伯の力量が認められて次々と大きな仕事が舞い込んでくるようになります。 こちらが山水図です。 高台寺は豊臣秀吉が亡くなってからそれを弔うのに、奥様であった北政所が創建したお寺です。 



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徒歩で円山公園



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知恩院の山門の巨大さに親はびっくり。 千姫のお墓もこちらにございます。



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八坂神社も人だらけ! この日はこれで終了です。 この日が3日間で一番歩きましたね。 万歩計を忘れてきたのが悔やまれます。 智積院、三十三間堂、養源院、豊国神社、清水寺、圓徳院、高台寺、知恩院(山門のみ)、八坂神社と9か所(私は南禅寺も行ったので10か所)見ることが出来ました、東山界隈はあれこれ寺社が密集してますので周り易いですね! 二日目はまた後日に。





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