20日モルティ休館日、21日はスタッフにお店を任せて中尊寺、松島へ旅に出ました。 勿論1人で。 9時出発の12時まで平泉に到着予定でしたが、福島近辺で事故渋滞?+工事渋滞で福島を出るまでに1時間半もかかってしまいました。 宮城に入ってからは渋滞も無く1時過ぎに無事に中尊寺へ到着。  冬なので駐車場はさほど混んでおりませんでした。



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源平争乱がらみなら外すことのできない平泉。 奥州藤原氏3代の栄華を誇り、源義経が少年〜青年期を匿われ成長した地です。 梶原景時と相容れない義経は平家討伐戦でことごとく梶原と対立、それきっかけで兄頼朝からも疎まれ、また戦争では天才的な戦術家(局地的戦いで強いので戦略家ではない)なのに、政治では白痴的とも言うべき行い(頼朝に許可を得ず朝廷より官位を受けた。 武家政治を目指す頼朝としては許せない行為は明白)が相次ぎ、平家を壇ノ浦で滅亡させた大功ががあるにも関わらず鎌倉入りも出来ず、奥州に向うことになります。 義経最大の庇護者である藤原秀衡は頼朝との関係悪化がするのをわかっていながら義経を受け入れます、しかしその秀衡が死去してしまいます。 後を継いだのは泰衡、しかし義経のことを宜しく思っておらずまた頼朝に睨まれるのを恐れ義経の衣川の館に攻め入り自害させてしまいます。  しかし泰衡はわかってない! 政治の天才頼朝の狙いは奥州そのものでした、結局数万の鎌倉軍が奥州に攻め入りあっけなく奥州藤原氏は滅亡してしまいました。 初代清衡、2代基衡、3代秀衡の遺体、4代泰衡の首級が眠っているのが有名な金色堂です。 基礎知識はこのぐらいで。

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さすが1千年以上続く名刹。 境内に向う参道は厳粛な趣です。







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弁慶堂。







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これは見た事があります! とある方が最近ここで撮影してから東北有数のパワースポット化をし(真偽のほどは?)、現在は撮影するのに長蛇の列です。








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途中からの北上川が見える平泉。 いかにも平泉!という風景です。 雪が積もっております、これが数百年前は中尊寺、毛越寺など寺院の大伽藍、伽羅御所など華やかな建造物があり全く違う風景だったのでしょう。 季節は違いますが、松尾芭蕉の『夏草や、兵どもが、夢のあと』という句がこの情景にぴったりです。 夢のあとですねー。






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本殿。 火事などで消失しまっており当時のものは金色堂と覆堂のみなのです。 もったいないですね、国宝などに傷つけたりする人間は相当厳しく罰してもそれでも足りないと思います。 何百年以上も先祖が大事に守ってきたものですから。 先日も頼朝の墓を壊したとんでもない人間がおりましたが、頼朝公を怒らしたらやばいでしょーに。










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おおうっ! このお札もこちらのブログで見かけました。 眼のお守りです、他に犬、猫のお守りもありました。 お守りを販売してるところには猫がいました。 今日は2月22日、にゃんにゃんにゃんの日ですね。







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さて、いざ金色堂! その前に宝物館を覗きました、素晴らしい!の一言です。 国宝、重文の数々。 特に螺鈿平塵案という台は美しかったです、脚の華奢な曲線美は当時の職人の美意識の高さを感じました。 そして螺鈿、螺鈿とは貝の内側を使用して作られる装飾品、中尊寺宝物で使われたのは南方のヤコウガイです。 真珠って主に炭酸カルシウムでできており汗など酸性のものに弱く長持ちをしないイメージですが、約800年前のもので真珠層独特の干渉色が奇麗に出ておりました。 感動ものです。

創建の第一の資料、中尊寺建立祈願文というものがあり原文は無いのですが写しが2書あります。 そのうちの1書が大好きな南北朝時代の武将、北畠顕家が写した『顕家本』です。 北畠顕家と見ただけで鼻血が出そうです。 北畠顕家は福島県の霊山に籠もって戦っていたことで知られます。 21歳で戦死してしまった悲劇の武将です、大河ドラマでは後藤久美子さんが演じていたのが印象的でした。 雑談ですが私の大好きな大河ドラマのような本を見つけたのですが1位は『独眼竜正宗』、名将伊達政宗が全国区になった名作。2位は『武田信玄』、中井貴一さんが落ち着き払った武田信玄を名演されました。 3位が『太平記』、後醍醐天皇、足利尊氏、楠木正成、新田、佐々木など入り混じっての激しい政治争い、戦闘はここでこうくるか!という展開には日本史ファンには涎物です。 私の中の1位は太平記、2位独眼流正宗、3位は武田信玄です。 昨今のものは見ておりません。 日本史って素晴らしい。



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金色堂ですが、ガラスの中で保存されております。じっくり見ました!見られました! 観光シーズンではそうはいかないそうです。 せっかくなので基礎を覗き込んだりしましたが、私と同じ行動をする男性がおりました。 1人で来られていたようですが、間違いなく同じ趣味を持つ人でしょう。 屋根以外は金箔が押してあり、螺鈿が散りばめられ荘厳とも言うべき装飾に眼がくらむ思いです。 なんてものを作ったのでしょうか、当時の藤原氏の豪勢が見て取れます。 金色堂は極楽浄土を描いており、数々の仏像、仏画など神々しいばかりです。 中央の須弥壇、左右の壇には初代清衡、2代基衡、3代秀衡の遺体、4代泰衡の首級が現在も眠っております。  この方々が平泉の遺産をのこしてくれたおかげで東北にも世界遺産ができました。 



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経蔵







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旧覆堂。 金色堂の上をこれで覆ってこれで風雪を凌いでおりました。  







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作られたのが1288年ってそれまでは素の金色堂。。。。。 最初から覆えよ!と、怒りたい気持ちでしたが『朽ちたら建替えれば良いじゃん!』的な気持ちだったのでしょうか、やはり奥州藤原氏って凄いです。







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内部。








感動の中尊寺をあとにして、柳之御所跡でまた礎石を見るぞー(またの意味は感動の一乗谷参照)と気合満々で行ったが、雪で埋もれて見られず。 遺構を見て想像を膨らまして興奮すればもう立派な歴史マニアだ。  毛越寺に向ったがお寺の新しさと雪が積もっており庭も見られ無そうなので、平泉に別れを告げて日本三景の松島に向いました。 次回は松島は1人で楽しむ主義です。

眼鏡ネタ書くより遥かに楽しい歴史ネタ。








花粉の季節到来ですね、こちらを押すと飛散量が少なくなるかも?
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