本日は数学の問題が解けなくプリーマさんに質問責め。 駄目だ全然わからん、閉店まで解けなくいらいらしていました。 なので私の得意分野はなんと言っても『日本史』! 病気ぐらいに得意分野です。 悔しいので今日は『白虎隊と武士道』についての講義をいたします。 何も読まず知識でお話しますので。


素晴らしいニュースがあり来年の正月に二夜連続で『白虎隊(びゃっこたい)』がテレビ朝日系で放映されるらしい。 昨年は『南総里見八犬伝』でしたね。 楽しみですねー。 でも是非日テレ系の『白虎隊』のように京都での志士の活躍をメインに扱ってくれればさらに嬉しいかなと。 鹿児島出身の上司がいて『幕末で誰が好き?』と聞かれ、『坂本竜馬、高杉晋作、あっ薩摩なら西郷よりも大久保利通が冷厳な感じで大好きですねー』と答えたら『お前、福島なのに討幕派かよ!』と。 

それはさておき、『白虎隊』がなぜ幕末最大の悲劇(私は竜馬暗殺だと思ってます)と言われているのか。 それは鶴ヶ城に火を放たれたと勘違いだったのですが、20歳未満の少年が会津藩が負けたと飯盛(守?)山まで残った隊士が、全員藩に殉じて自刃するという(1人生き残って多分飯沼貞吉?)悲劇が起こりました。 投降すればどうにかなるものを、まだ二十歳にも満たない少年達が自刃するというのは何より主君・藩に対する『忠義』という心です。 鳥羽伏見の戦い以降、譜代藩なども寝返り残ったのは奥羽越列藩同盟の諸藩。 なかでも最大の戦が会津若松城攻略戦でした。 大政奉還もしてしまい王政復古の大号令も宣言されてしまっては、佐幕側には大義名分も無い。しかし会津にとっては藩祖保科正之の家訓で徳川家への忠誠が記されており、当時の藩主松平容保がそれをかたくなに守ろうとした結果です。 このような忠義の心は江戸幕府が儒学の教えを広めてからのもの。 戦国時代等は数えるほど(上杉謙信、山中鹿之助等)。 関ヶ原の戦いが終っても黒田如水が死んだ時に後藤又兵衛が息子の黒田長政には仕えたくないと、黒田家から出て行ってしまったぐらい。 幕府が統制のために儒学を広めてそれにより『忠義』の精神が徳川300年の間に武士の間に浸透し、その結晶として昇華されたのが『白虎隊』なのです。 幼い頃から藩校日新館にて『什の掟』を学びその心が当たり前と教育されてきたから生まれた悲劇なのです。 無駄死にと言われてしまえばその通り、しかしそれでは片付けられない何かがあるから白虎隊の悲劇は、今でも語り継がれるほどの物語なのです。皆様いかがでしょうか、少しは会津に興味をお持ちになれましたか?

本日ドラマ化の発表があったので長々と書かせて頂きました。 しかし残念ながら私はどちらかというと『討幕派』です。。。。。 高知に行って坂本竜馬の銅像を見てみたい!!